2013年05月14日

久しぶりに

しばらく心臓がバクバク言うくらいに緊張した。

それは、とある国道の赤信号で始まった。
# このとき隣の車が旧いクラウンであることに
# もう少し想像力を働かせていれば、
# 後の事件を回避できたハズなのだが、
# その時はあまり考えず…
信号が変わったのでアクセルを踏み
「ここは大体90km/時くらいまで飛ばす人が多いなぁ」
などと60km/時の制限速度を+30km/時の速度域へ
愛車を放り込むこと数秒。
さすがに2度も速度違反で捕まった身には
数秒ごとに後ろを確認する習慣が付いている。。。
と、後ろを確認したときに先程のクラウンが
赤い回転灯を無音で回してた!!

しかしまだ隣の車線&レーダーは無音。
「まだ計測されてないハズ!(・・・だといいな!)」と祈りつつ
ブレーキを踏む。

58km/時に落とした私の隣を覆面パトカーが静かに追い抜いていった。。。
あまりにゆっくり抜いていくものだから
「端へ寄せて止まりなさい」のアナウンスをされるかスルーされるのか
審判をくだされるまでの時間がとても長く感じられた。

結果的にスルーだったのは幸いだった。
posted by あーりー at 01:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

卒業やら入学やら入社やら

まあそんなイベントのシーズンだ。
ラッシュの作法を知らない新入生のために電車が遅れたりするのも
連休くらいまで我慢すれば大抵収まる。通学しない大学生が増えるからだろうが。

私自身は大学院時代にはとても他では受けることの無い貴重な教えを受けていた。
…のではないかと最近実感している。

社会では常に評価は「何を為したか」だ。
新人にだけは「期待値」が付加されるが、それは賞味期限があり、
いつまでも付いてない。食中りする前に切り捨てられる。

という所で自分が学生時代に身に付けたことは忍耐力だろうか。
様々な試行錯誤を重ねても結果が出ない
いくら調べても計算しても判らない
締切が迫る時間的プレッシャー
上からのプレッシャー
他人には頼れない
徹夜だろうと泊り込みだろうと間に合わせなければならない。

漫画っぽい表現をすれば
「漫画家が事務所でカンヅメにされたり編集長に怒鳴られたり」
こんなパツパツの教育をお金を払って受けたが、
今頃になってやっと恩義を感じられるようになってきた。


仕事でもちゃんと出来る人は少ないようだ。
言わせてもらえば「お金を貰えるのだからやれよ」と。

よく職場で「オマエは楽をしている」と絡んでくる人が居る。
Yes,I do. …ですが何か?と私はオーラで答えてしまっているようだ。
自分の体験した過酷な学生時代に匹敵する辛さには入社以来一度も遭遇してない。
# 理不尽なことには多く遭遇しているが。。。
絡んでくる人と仕事を交換してあげたいものだ。
どうせ同じことを言うに決まっている。
昔から隣の芝生は青いのだから。

理不尽ついでに思い付きを追記。
4月から新地へ転勤という話が延期になった。
一応最大延長7月1日付までとのことだが…
定期券の用意が面倒だな〜というのが第一感想。

普通6ヶ月定期購入分の通勤費を会社は支払う。
有効期限内に勤務先が変更された場合は、
たとえば残り3ヶ月で転勤となった場合は
「半額返納」&「新地への通勤費を6ヶ月分支給」だ。
ただ「定期券解約手数料」を会社は持ってくれない。

異動の多い私の会社生活を考えて私は正月に6か月分交通費として
支給されたけれども3ヶ月定期を購入した。
3ヶ月分返納時にわざわざ払い戻しに行かなくても良いように
現金で手元に置いといたのだ。

んで、私は今月末に3ヶ月定期を買うのが良いか
(5月に転勤する可能性もあるので)1ヶ月定期を買うのが良いか。
いずれにしろ会社支給の交通費より多くお金が掛かることになるのだが…

posted by あーりー at 05:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

たまには書くか

まあこの時間に活動するのは珍しいのだが、さておいて。
ブログが複数。FBにmixiにTwitter
SNSと呼ばれる所が繁盛しているけれど
それぞれで「つながりを強要」されている気がする。
寂しがり屋のワガママと勝手に解釈しているが
「リンクを張ってくれ」「こっちに来てくれ」etcetc
商売に乗せられていることに気が付かないのかね…?

と、いいつつもそれほど実害が無い商売なので
それなりに適当に遊んでいたりする。

そういやネット広告代理店の第一人者が
ヘンなものを開発というニュースが届いた。
google glassだっけ?

昨今ウィルスやらインフルやら花粉やらで
マスクをする人を多く見かけるが
意外にも「単に素顔を隠したい」という欲求もあるそうだ。
※化粧のノリやら肌荒れとかヒゲの剃り残しやらの理由らしい。

まあ、普段からマスクをしなければならないって
どんな悪人だよ?という突っ込みたい。

現在の顔認証技術の前では軽く見破られるので
SNSの写真の方こそマスク有りがよろしいのでは?
と老婆心が芽生える今日この頃。

posted by あーりー at 05:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

たまには書いてみようかと

雪が降った。
思えば自分の成人式の日も雪に見舞われた。
と記憶を掘り起こしただけなのに
「男はどーでも良い。女の子は大変だ、気の毒だ」と突っ込まれる。
まあ、その通りなのだろう。

記憶をたどっても着ていたのは普通のスーツだし、
その後はビリヤードをしたり酒を飲んだりしかしてないし。
まあ、振袖は大変だな、と。
車で送迎とかも、結構な大雪なので、大変だ。

まあ成人式を迎える頃は自分へのインストールが
キツくなってきていたのを覚えている。
覚えることが高度になってきたこともあるけれど
それよりもモチベーションの維持に苦労した。
「なんのためにつらい勉強をするのだろう?」と。

その答えは人それぞれ。今の自分はその問いに答えを出し
結果として、それなりのものを手にした。
ただ、今思うのは、どんな高速処理が出来るCPUを
積んでいても、その答えを出すには時間を要す。
答えが無いままでも答えを探しながら走り続ける
なんてことをやっていた。
後々それは次善策程度には正しかった、と及第点を自分に出すのだが。

成人なんてのは「大人の出発点に立ちました」程度。
大人としてビギナーであるけれど大人とは何かを教えてもらう年ではない、
自分で見聞を広め答えを探し、立派な大人になることが求められている。

と思っているのだが、どうも「大人の出発点」というのが
レベルが低いところを指しているように誤解されやすいですな。
大人として最低限のことは既に身に着けている、これから立派な大人になります。
という意味で私は使うのだけど
大人になる出発点、大人としての必要なことはこれから身に着けます。
という意味で使っている人間の多いこと多いこと。改めて欲しいなり。

そういう意味で言えば立派な大人になるのは大変だし
世の中に果たして立派な大人がどれほど居るのか疑問ではあるが、
少なくとも人様に迷惑を掛けず不快にさせず、
出来うるならば人様にお役に立ち、生活できる程度の幾ばくかのお給金を頂く
というあたりを考えるのだが、
最後の段が景気や運という自力では如何ともし難いものに左右される現実もある。

やはりチャンスの神に後ろ髪は無いのだし、
棚ぼたといえども棚の下まで歩かなきゃ牡丹餅は得られない。
廊下を歩いて就職口を拾った、ではなく、就職先を求めて廊下を彷徨う、
くらいに、得たいものに喰らいつく努力は就職のタイミングだけではなく
一生ついてまわるのだろう。

重要なのは何時それが訪れるか判らないのだから
チャンスが訪れた時のために
それを捕まえる基礎能力を身に着けておくことだけはしておいた方が良い。


posted by あーりー at 19:08| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月15日

11月半ば

11月の半ばともなると年賀状の販売が開始されたりして
いよいよ年末ムードが高まってくる。

クリスマスをどう過ごすか?などと悩むのは
楽しみたいとか何かしたい人に譲り、
自分はまあ神様の誕生日を祝うよりも
近くの友人知人の誕生日を祝う程度が身の丈にあっている。

年に一回くらいは如何お過ごしか気にする程度の祝辞だが。

posted by あーりー at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

おどろいた

寝床へ悩み事や考え事を持ち込む器用な人が
世間には居るようだ。

私なんぞは不器用に出来ているので
休みながら考えるなんて出来やしない。

寝るときは寝る。考えるときは考える。そうでないと
脳みそは仕事をするのかしないのか判らなくなるだろうに。

ウツの人にありがちな態度らしい。

理性的に考えれば
「下手な考え休むに似たり」と古来より評価されているので
寝床で考えてもロクなことは無い。

クリエイターと呼ばれる方々も結局
寝床や夢見の産物は翌朝には駄作と化していることが多いと聞く。

寝るときは潔く寝るのがよろしい。
おやすみなさい。

posted by あーりー at 03:32| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

ちょっと前の話題か

なにやら韓国で人買いが行われているらしい。
ターゲットは日本のそれなりの技術者。

程々の月給をリストラにおびえながら貰い、
残念にも早期退職に追いやられたか
定年後に顧問などの職を斡旋されず無職になる人たち。

その技術者を年俸5000万円とかで採用する。
日本品質を手に入れて世界競争力を上げたい
韓国企業にとっては高くない買い物だ。

この状況に対して怒りや憤りを覚える人たちがいる。
自分もその思いは少しある。
日本の競争力が相対的に下がるわけだし
国益という観点からも望ましくない。

だが、しかし!そもそも、と考えてみよう。
その人が外国なり他企業なりへ行ってしまって困るなら
金を出して自社に留めて置けば良いはずだ、その会社は。
それを惜しんで他社に人材を取られる結果を生むなら
それは選択の誤りとしか言いようが無いのでは?

しかも退職者やリストラに遭った人だから
昔暗躍したヘッドハンティングとは違い倫理的に問題はなさそう。
そして、その人の能力に見合ったお金を出して雇うという
韓国企業のやり方は世界的にみても正しいだろう。
また問題になりそうな点は会社の技術情報の持ち出しだが
これが実際に起こっていればもっと大騒ぎだろうから
大概が品質管理手法や人材育成などノウハウに絡む部分を
欲しがっていて、それを持つ日本の技術者を集めるのだろう。

ずいぶん前のブルーレーザー技術といい、先日のサンデル先生の講義でもあったが
どうも経営者やその他一般従業員は技術に対する対価を支払うことを軽んじている。
それが無くなったり他者に取られたら自社の存続が危うくなるものにさえも。
という気がしてならない。

開発なんて博打で、経営者はそのリスクを引き受けて投資し
あたればその果実を得る権利がある。
という部分は正しいと思う。
ま、売れたら儲かるしそれは業績だ。
だが、その果実の中には苦い部分もあって
完成した技術と技術者を自社の利益確保のためには
守る必要性が発生するわけだ。
技術自体を守秘義務や特許で守るのは前者の目的だ。
後者の目的達成のための努力を果たしていないところが多いのでは?
そしてその結果人材流出が起こるのは必然では?と思うわけだ。

んで、その後韓国企業との競争に負ければ、「仕方なし」じゃないか?


まあその言い訳として、開発者に報酬をだす余裕が無いとかを聞く。
そりゃそうだろう。無駄に支払っている人件費が多いのだ。
単なる事務方に始まり管理をしない管理者、高すぎる報酬の経営者。
市場経済に照らしたらもっと下がると思うぞ。

その分が技術屋へ割り食って落とされているかと思うと
技術屋にお金を出せない会社なんか潰れてしまえ、と本音が出る。
posted by あーりー at 00:49| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

場つなぎネタ

先週は映画三昧
いや二つしか鑑ていないから映画二味か?

・シャーロックホームズ2
 シャーロックホームズという名に囚われずアクション映画として楽しむべきもの。
 あのカメラワークは秀逸と思う。

・ライアーゲーム −再生−
 TV版他でも展開は同じ。
 どのように裏を書くか?騙すのか?という知略を楽しんでいると
 途中からヒロインが「そんなのヤメテ!」と泣きながらゲームを台無しにしてくれるドラマ。
  そのまま眺めていると腹立たしいので穿った見方を始めた。
 「いつかは判らないが、途中で目的が変更されるゲーム」のプレイとして楽しむ。

 サラリーマン麻雀をしていると思えばよい。
 KYな新人の大勝が見え始め、上役が敗色濃厚になった時に
 そこへ「ハイ!場を平らにして!!」と投入された感じ。

 このどうしようもない徒労感と達成物の無い達成感。がTV版やSP版にはあった。

 しかし今回、誰の勝利も敗色も見えないうちに目的設定変更。
 麻雀で言えば大して差も開いてないうちに平らにせよとの要請。


 ただ、最近面白い筋の漫画を書くな〜、甲斐谷さんは。買ってみようかと思う。

posted by あーりー at 01:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

一つ先の考え

エコカーが売れている。
いまやエコでなければクルマに非ず、てな感じだ。
ところでどこまでアタマ使って考えているのだろうか?

業績をV字回復させた会社の車の宣伝で
「CO2を出さずに走る」とか言っている。
蓄電池に貯めた電気で走る車のようだ。

アフォだな。その電気を作るのにCO2を吐き出している。
タイミングが少しずれているだけだ。
反論の「原子力(発電)ならCO2を排出しない」とかあるが
恐ろしいほどアタマで考えてない証左。
その燃料を作るのに結構な量の石油を使うのだから。
(溶剤や燃料、電気、…)

更には蓄電池やモータにはレアメタルを使い
ガソリンのクルマには使わないで良い金属の精製精錬過程が加わる。
もはや作るだけでアンチエコ…ではないのかな?

製造過程でのアンチエコかどうかはイロイロ算定や比較が難しいので
単純に燃費を格段に向上させた第3のエコカーは
軽量化やガソリンエンジンのエネルギー効率を高めた
車の性能向上として評価する。(そんなレースもあったし=>今もあるのか?)

電気自動車はどうも
やはり内燃機関で作られた電気を
空中に発散させながら遠方に運び
面倒な精製が必要な原材料を用いた電池に貯め
文字通り重荷を背負いながら移動する
という無駄にあふれたモノに思えるのは負け惜しみか?

ただ…重い電池もエンジンと異なり形状に自由度が高く
車体底部に置かれる事が多いようだ。
そしてモーターの性質として低回転域での高いトルクというのがある。
これらの特徴を上手に合わせると結構いいスポーツカーが出来上がる。
峠を走るのが楽しくなるような。。。


次の話題。
バレー(踊る方)の方で17歳の高校生が快挙だそうな。
縁あって幾度か鑑賞する機会はあったが上手下手についてはよーわからん。
「躍動感溢れる」とか「感情の表現が豊か」とかのコメントが
私にはよく分からない。きっとそれらの多寡を多く見た者にしか判らないのだろう。

美醜については多少判る。「動きの滑らかさ」なんてのは
運動の速度、加速度が不連続に変化しないことを指すのだろうし
それは目に映るので私にはわかりやすい。
それこそ手足の長さや形状の格好の良さも
各人の好みとは別に縦横の比率が美しく見えるとかの統計的なものもあるので
その比率に近い長さや形状が「良く見える」のだろう。

んで、ニュースで取り上げられた映像を見た。
後者の美醜に関しては白人尺度のサイズ比率では良くは見えない。
ということはきっと前者の動きキレの良さや感情表現が評価されたのだろう。
彼女ら彼らは手足指先の動きや角度にまで神経を研ぎ澄まして突き詰めるらしい。
脳みそや感情が普通の高校生くらいの成長度合いであれば伸びシロがあるので
これから素晴らしい踊り手になるだろう、ということかな。

単純にコメントしたら
「そこらでチャリ通してそうな女子高生っぽい」
「評価された部分は僕の判らない部分」

言われる前に先に断っておこう
『脚が太いのは魅力を感じない』と。



次のニュース。
揉めている沖縄。
自前の稼ぎが減り、日本にたかったお金で戦争をするアメリカ
「(老朽化した)普天間に代わる新しい滑走路が欲しいな〜」
「え?作ってくれないの??」
「じゃあ、もう日本に最強上陸部隊(海兵隊)を置くのも考え物だな〜」
「脅してもダメなら本気みせちゃろかぁ」
「海兵隊をグアムやフィリピンに少し散らすか!どうや!?」
という会話を妄想をしてしまった。

ちゃんと軍のリソースの再配備を考えたりした結果だとは思ってるけどね。


最後に
2/7は北方領土の日
 政治的なムーブメントとかイデオロギーではない。
2/11は建国記念日だし(振替休日が無く残念ww)
2/22は竹島の日だ。
2月は自分の住む国を改めて見つめたり、考えたりする良い機会と思う。

最近話題の尖閣諸島。
ここは私有地だ。(所有者は埼玉県在住らしい)
日本国の土地で私有財産ならその持ち主は法の範囲内で自由な利用が認められるはずだ。
しかしながら現在日本政府により島を含め周辺には日本人は近寄れない。
逆に中国人漁民は勝手に操業する。

これを他人事と思わずに想像力を働かせて
自分の所有物を他人に勝手に荒らされたり収略奪されることに怒らない?
# 国際標準なら間違いなくライフルか散弾銃か自動小銃のどれかだろう。
国民の生命や財産を守るべき政府は何をしているのか!?と疑問や怒りは無いの?

自分のもらえる年金は考える。自分に縁が無い辺境は考えない。
という自分の該当する利害しか考えられないのが昨今のフツーなのだろう。

「フツー」というレベルは推して知るべし。
posted by あーりー at 02:07| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

デリケートな話だが

酔った勢いという免罪符にもならないかもしれないが、盾にしよう。
奇形児という存在がある。
このような名前で呼ばれるようになる場合、
それは生存が困難なことを指すことが多い。
知らなかったのだが、日本は諸外国と比較しても発生率が高いようだ。

自然の定めた命数が非常に少ないことは神ならぬ存在でも容易に感じるのだが
誰がいつ神の代行をして良いのだろうか?という疑問。

法律論の○○週間というのは誰かが決めた決まりごとなのだが
さかのぼれば十月十日の内、"平均して"この週間には赤子の状態はこんな所
という統計的処理が施された結果なので、
話をするならば「赤子がどのような状態」であれば良いのか?という部分だろう。


誰が死神の鎌を振るうのか。何を基準にするか。
母親または医者には宿した赤子の生命を自由にする権利があるのか?
現実に行われている「奇形児」と「中絶」と「死産だったことにする」こと

望まれない妊娠に対する中絶の是非とは別の話なのだが同じ気もする。

これに関しては各人の生命観や倫理観に根ざした議論になるはず。
…というか、そうでなくてはならないと思う。
でなければモンスターなんちゃらが騒いで、医者か母親か他の誰かが
殺人罪になるような悲しい未来になってしまうかもしれない。
posted by あーりー at 03:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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